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広島地方裁判所 昭和58年(行ウ)10号 判決 1986年7月30日

広島県佐伯郡佐伯町玖島三二五九番地

原告

細田ハルコ

右訴訟代理人弁護士

中川尚

広島県佐伯郡甘日市町桜尾二丁目一番二六号

被告

甘日市税務署長

樋口武

右指定代理人

菊地徹

福重光明

古谷智春

藤江義則

高地義勝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年一〇月二七日付で原告の昭和五四年分の所得税についてした更正処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年分の所得税につき、法定期限内に被告に対し、別紙課税経過表の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、昭和五六年一〇月二七日付で同更正欄記載のとおりの更正処分(以下、「4件処分」という。)をした。

2  しかし、右更正処分は違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

三  抗弁

1  本件課税処分の根拠について

原告の昭和五四年分の分離長期譲渡所得金額の明細は次表のとおりである。なお、原告には、右所得以外に課税の根拠となる所得は存しない。

<省略>

(一) 譲渡収入金額 五九七九万二〇〇〇円

後記2のように原告が、昭和五四年中に、訴外広電観光株式会社(以下「広電観光」という。)に対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下、「本件土地」という。本件土地は後に同目録(二)及び(三)記載の二筆に分筆された。以下、同目録(二)記載の土地を「乙土地」といい、目録(三)記載の土地を「甲土地」という。)を三・三平方メートル当り二〇万円、合計五九七九万二〇〇〇円で譲渡した代金額であり、昭和五四年中には本件土地の引渡しがなされた。

(二) 取得費 二九八万九六〇〇円

原告は、本件土地を昭和五一年一一月一日交換により取得したのであるが、被告は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の四第一項の概算取得費の規定を適用し、譲渡所得の収入金額五九七九万二〇〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出したものである。

(三) 譲渡費用 一八三万六七〇〇円

これは、原告が本件土地を広電観光に譲渡するのに際し、要した費用として原告が支払つた合計金額であり、その内訳は次表のとおりである。

<省略>

(四) 特別控除額 一〇〇万〇〇〇〇円

これは、措置法三一条二項の規定に基づき控除したものである。

2  本件土地の一括譲渡の経由

(一) 原告は、原告ら同族で経営する細田林業株式会社(以下「細田林業」という。)を介して個人資金の出し入れを行つていたが、昭和五四年ごろに至り、原告が細田林業から借受けた金員は累積額約四千万円となり、この返済資金を調達する必要があつたことから本件土地を総額六千万円程度で売却しようと考え、不動産仲介業誠晃こと丸亀千賀子(なお、実質経営者は、同人の夫である丸亀誠爾(以下「丸亀」という。)に対し、昭和五四年六月の終りか七月の初めごろ、本件土地の売却方を依頼した。

丸亀は右本件土地売買の情報を同業者に流したところ、京王不動産株式会社(代表取締役児玉光禎。以下、「京王不動産」といい、代表者を「児玉」という。)及び西部興業株式会社(以下、「西部興業」という。)を経て広電観光がこれを知つた。

(二) 広電観光は、西部興業の役員をしていた山崎弘夫(以下、「山崎」という。)を買主側仲介人として取引条件の折衝を行わせたが、部内的には右取引情報をもとに、本件土地一括購入した上でこれに分譲住宅六戸を建設して販売することを計画し、昭和五四年八月初めごろ、本件土地を三・三平方メートル当り二〇万円、総額約六千万円で購入できる見通しがついたことから、同月六日には右計画に関する社内稟議を行い、社長までの決裁(承認)を得ると同時に、西部興業に対する仲介報酬として取引総額の三パーセントに相当する額を支払う旨の承認を得た。

(三) かくして、細田林業の事務所において、丸亀、児玉、山崎らが取引の最終的な詰めを行つた後、丸亀が本件土地を一括して譲渡する内容の売買契約書の文面を作成して関係者に交付し、それぞれこれを検討したうえ、昭和五四年八月一一日広電観光において、関係者全員の立会の下に本件土地全部について一括して売買契約が締結された(原告については、その養子剛二が契約書に売主名を記載して押印した)。

3  本件土地全部が一括売買されたことは、次の点からも明らかである。

(一) 売買契約と同時に、広電観光は原告に対し、売買代金総額の一〇パーセントに相当する手附金六〇〇万円を小切手によつて支払い、同年九月一二日に西部興業に対し、売買代金総額三パーセントに相当する仲介手数料一八〇万円を支払つている。

(二) 本件土地の売買を仲介した西部興業の昭和五四年八月一一日付の不動産取引台帳に次の記載がある。

(イ) 売買当事者は、原告及び広電観光であること。

(ロ) 売買対象物件は、本件土地全体であり、公簿面積が九九二平方メートルであること。

(ハ) 売買代金は、三・三平方メートル当たり二〇万円で、総額六千万円であること。

(ニ) 手附金は、売買代金の総額六千万円の一割に相当する六〇〇万円であり、(契約日の)昭和五四年八月一一日に授受されたこと。

(ホ) 代金の最終決済日を、昭和五五年一月三〇日と定めたこと。

(三) 同じく仲介に当たつた京王不動産は、本件土地の一括契約の事実を証すための関係書類を同社の社名入り封筒に入れ保管したが、右封筒に、本件土地の所在地、契約当事者として原告と広電観光の記載及び契約年月日の昭和五四年八月一一日を示す「540811」の記載がなされている。

(四) 本件土地の売買契約が成立したことに伴い、広電観光は、昭和五四年一二月末までの間に、本件土地全体について分譲住宅建設のために測量、道路位置指定の申請及び宅地造成工事、擁壁工事等を完成するとともに、敷地が本件土地全体に及ぶ六戸の住宅建築確認申請書を提出した。

4  譲渡所得の収入金額は、その年において収入すべき金額とされており(所得税法三六条)、右収入金額の収入すべき時期は譲渡資産の引渡しがあつた日によるものと解されている。

すなわち、譲渡所得は過去における資産の価値の増加益が譲渡により実現した時に一時の所得として課税されるものであるから、資産の譲渡による所得の収入時期は、その資産の所有権が譲渡により他に移転する時と考えられるところ、所有権の移転の時期は民法では「物件の設定及び移転は当事者の意思表示のみに因りてその効力を生ず」(一七六条)と定められているが、現行所得税法は右民法の原則を取り入れながらも、その資産の譲渡によつて経済的・実質的に資産の価値増加による利得を現実に享受したというにふさわしい時期をもつて課税の時期とすべきであるという、専ら経済的・実質的に所得を把握すべきという観点から、所有権の移転(前出民法一七六条)という法律的要素のみをもつて唯一の所得の発生原因とするのではなく、右のとおり譲渡資産の引渡しのあつた事実をもつて収入すべき日としているのである。

なお、現行所得税法の取扱いに当つては、右民法上の所有権移転の時期をも踏まえて納税者から資産の譲渡に関する契約の効力発生の日をもつて収入金額とすべき申告があつた場合はこれを認めるという弾力的な取扱いをしているのである(所得税基本通達三六-一二)。

本件課税処分においては、原告が譲渡所得の収入すべき日を昭和五四年分所得税の確定申告において「譲渡に関する契約の効力発生の日」として申告したことから、前述のとおり本件土地全体の譲渡契約の効力が発生した昭和五四年分の譲渡所得として更正を行つたものであり、仮に右一括契約の成立はともかくとしても、本件土地の現実の引渡しが昭和五四年中(おそくとも私道築造工事完了届を原告と黄幡が提出した同年(一二月四日まで)に行われたことは明らかというべきであるから、いずれにしても本件土地全体が昭和五四年中に譲渡されたとして行つた本件処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件土地中の乙土地部分を昭和五四年中に売却したことは認める。

2  同2のうち、本件土地売買の目的は認めるが、その余の事実は否認ないし不知。

3  同3の事実は否認ないし不知。

4  原告は、本件土地を単年度に一括処分すれば譲渡所得税が高額になることを認識していたので、次のように、本件土地を分割し、二年度にわたつて売却したものである。

(一) 原告は、昭和五四年八月一〇日、広電観光に対し、本件土地の約半分である乙土地を売却し、同日手付金六〇〇万円を受け取り、同年一〇月一三日分筆登記し、同年一一月一二日残代金受領と引換えに所有権移転登記手続をした。(なお被告は、第一回口頭弁論期日において、右原告の主張事実を認める旨の陳述をしていたのに、第一三回口頭弁論期日において、右事実を否認するに至つたが、右は自白の撤回に該るので、原告は、この自白の撤回に異議がある。)

(二) 原告は、本件土地の残り地である甲土地を、昭和五五年一月一九日、西部興業に対し売却し、代金受領と引換えに所有権移転登記手続をした。もつとも、現実には、右所有権移転登記手続が西部興業に対してなされないで、広電観光に移転登記がなされているが、右中間省略登記については原告の関知しないところである。

第三証拠関係

当事者双方が提出、援用した証拠関係は、本件訴訟記録中書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分の存在)は当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  抗弁(一)(原告が本件土地を昭和五四年中に一括して広電観光に代金五九七九万二〇〇〇円で譲渡してこれを引渡したか否か)について判断する。

2  なお、右の点に関し、記録によれば、被告は第一回口頭弁論期日において、原告が昭和五四年八月一〇日乙土地について売買契約を締結し、手付金六〇〇万円を受け入れたことは認める旨認否したが、第一〇回口頭弁論期日において、原告は昭和五四年八月一一日に本件土地について一括譲渡するとの売買契約を締結し、同日手付金六〇〇万円を受け入れた旨主張し、第一三回口頭弁論期日において、被告の第一回口頭弁論期日における前記認める旨の認否を否認すると改めたことが明らかであるところ、原告は右認否の変更自白の撤回に該るので異議がある旨主張する。しかし、自白とは相手方において主張立証責任を負う事実を認める旨の陳述をいうところ、課税処分の取消を求める本訴において処分の適法性を基礎づける事実(本訴においては昭和五四年中に本件土地全体について譲渡がなされたこと)について主張立証責任を負うのは被告であつて原告ではないから、前記の被告認否の変更は被告において主張立証責任を負う主要事実の主張を変更したにすぎず、自白の撤回には該当しないというべきであるから、原告の異議は理由がない。

3  そこで、被告主張の本件土地全部の一括売買がなされたか否かについて検討する。

(一)  原告の本件土地売却の目的については当事者間に争いがなく、右事実にいずれも成立に争いのない乙第七、第八号証の各一、二、第九号証、第一一号証及びその供述記載によつて成立の認められる乙第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない第一九号証の一、第二二号証の一、いずれも証人山根勝義によつて原本の存在と成立が認められる乙第三号証の一、二、四ないし六、第四号証、同証言によつて成立の認められる乙第五号証の一ないし七、第六号証の一ないし四、証人山根勝義、同丸亀誠爾、同藤岡一の各証言(丸亀、藤岡については一部)を総合すると、抗弁2(一)ないし(三)のとおり経由により、昭和五四年八月一一日、原告は広電観光との間で、本件土地全体を代金五九七九万二〇〇〇円で売り渡す旨の契約を締結し、同日手附金六〇〇万円の支払いを受け、昭和五四年中には本件土地の引渡しがなされたことが認められる。

(二)  右認定に反し、甲第一号証、乙第一三号証には原告が広電観光に対し、昭和五四年八月一〇日、本件土地の東側の約二分の一を三・三平方メートル当たり二〇万円として実測後精算するとの約定で売却した旨の、また甲第二号証には、昭和五五年一月一九日、原告が西部興業に対し、甲土地を三・三平方メートル当たり二〇万円、合計三〇二二万円六〇〇〇円で売却した旨の記載があり、乙第三号証の三には、同日西部興業が広電観光に対し、同金額で甲土地を売却した旨の記載があり、乙第二一号証にも前記甲第一号証、乙第一三号証、同旨の記載があるほか、乙第一〇号証、第一四号証の一、第一五号証、第一七、第一八号証、証人丸亀誠爾、同藤岡一の各供述中には、本件土地は甲土地と乙土地とに分筆され、昭和五四年と昭和五五年の二年度にわたつて売却された旨の記載及び供述部分がある。

しかし、これら記載及び供述部分は、(イ)西部興業が原告から甲土地を買いながら、同日に同一代金で売却するということは不自然であり、それを納得し得うるに足りる証拠はないばかりでなく、証人山根勝義の証言によれば、西部興業の帳簿には、甲土地の売買に関し、仕入及び売上とも記帳されていないことが認められること、(ロ)前掲乙第三号証の四、成立に争いのない第一八号証(一部)、原本の存在成立とも争いのない第二二号証の四、五によれば、西部興業の原告に対する甲土地の売買代金の支払いはすべて広電観光振出の小切手でなされており、しかも右小切手の控え部分には、その渡先として記載されていた原告の氏名が二本線で抹消され、代わりに西部興業の名が記入されていることが認められることの諸点や前記(一)に掲記の各証拠に対比すると、容易に信用できず、他に前記(一)認定を左右するに足りる証拠はない。

2  抗弁1(二)について

本件土地の取得費については、措置法三一条の四第一項の規定を適用し、前記譲渡所得金額五九七九万二〇〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出すると二九八万九六〇〇円となる。

3  抗弁1(三)について

本件土地の譲渡費用については、成立に争いのない乙第二五号証の一、二によると、抗弁1(三)のとおり一八三万六七〇〇円であると認められる。

4  抗弁1(四)について

前記譲渡所得の特別控除額は措置法三一条二項により一〇〇万円となる。

5  以上によれば原告の昭和五四年中の分離長期譲渡所得金額は前記1の譲渡収入金額五九七九万二〇〇〇円から前記2ないし4の合計額を控除した五三九六万五七〇〇円となるので、同額の所得を認めた本件処分に違法はない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 出嵜正清 裁判官加藤誠、同太田雅也は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 出嵜正清)

課税経過表

<省略>

物件目録

(一) 所在 佐伯郡五日市町大字中地字塩境

地番 三三九番三

地目 雑種地

地積 九九二平方メートル

(二) 所在 同所

地番 三三九番六

地目 雑種地

地積 四八八平方メートル

(三) 所在 同所

地番 三三九番三

地目 雑種地

地積 五〇三平方メートル

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